2022.3.15.中日新聞Dr'sサロン「逆説性不眠症」
睡眠の奇病の一つに「逆説性不眠症」がある。医学上は眠っているのに、眠った感覚がまったくないことに苦しむ病気だ。時計が回っているのを朝まで見ていた。もう何カ月も眠っていない。患者はそう訴えるが、脳波を調べると、脳はしっかり眠っている。患者に検査結果を見せると「脳波はそうかもしれないが、自分はずっと起きていて意識もあった」と言う。血色はよく、不眠による健康上の問題はなんら感じないのにだ。
ある市民向けの講演後に、この症状を訴える中年男性から声をかけられた。見せられた脳波検査結果から、正常の睡眠であると伝えると、男性は「このデータは全く無意味で、先生ならば私の苦痛を理解してくれると思ったのに」とがっかりして背中を向けられた。患者にとって、眠っていると証明されるのは逆に苦痛のようだ。
察するに、患者が欲する回答は「本当だね。一睡もできずににつらいね」という共感かもしれない。しかし、そう答えれば「なら治してよ」と言われる。睡眠状態を誤認する原因は諸説あるものの、現状は解明されていない。医師も一方的な医学データを盾に意見するのはよくないが、私自身、この疾患に関し、患者が満足する回答を見つけられたことがない。患者が必ず最後に失望して診察を終えるこの疾患は、奇病であると同時に医者泣かせの怪病とも言える。