列から外れた蟻
小さい時から素直ではなかった。サラリーマンが年金を貰って豊かな老後を迎えられる団塊の世代、母親にいつも「そんなにひねくれていたら、いいサラリーマンになれないよ」と言われた。
耳鼻科医になった時、先輩たちは「めまい」を嫌がり、すべての患者を押しつけられた。当初は「これで俺だけがめまいわかるようになった日には・・・」という不純な気持ちで仕事を全うした。ところが、なぜかひとが嫌うめまいにどんどんはまって行った。耳鼻科医は耳鼻のどを診ればいいものを、めまいは脳神経、脊髄、自律神経、メンタルなどすべてを把握しないといけないから複雑だが、ひねくれている私には居心地のいい世界だった。列から外れた蟻は、一匹でいる方が気持ち良いこともあるのだ。
やっと「めまい」で少し成績が出せた頃、信頼していた上司に「めまいしかできなければだめな医者になるぞ」と言われ、素直に反省した。ちょうど先輩に睡眠をやらないかと誘われたので、「睡眠」を始めた。ある程度「睡眠」も形になった時、その上司は「おまえはめまいと睡眠しかできないじゃないか」と再度叱られ、ひどく落ち込んだ。そんな時、ある先生から「なんでもできると思っている人間って、何もできないから、おまえはやりたいことだけを磨け!」と、目から鱗の言葉をくれた。このひとに一生ついて行きたいと思った。
時代はコロナになり、耳鼻科医が飛沫を起こすスプレー処置ができなくなり、仕方なく閉院したクリニックが続出した。私を救ってくれた先生は、今や総耳鼻科医をまとめるトップの理事長となった。この秋、彼の発案で「一般耳鼻科のみならず、サブスペシャリティを作れ」という指示で、全国の立派な現役教授たちに本を作成する命令が下りた。恥ずかしいことに、ひとりだけ開業医が紛れ込んでいた。多くの耳鼻科医が興味持たない「睡眠」のテーマを与えられた。
列から外れた蟻を潰そうとする上司がいる。しかし、外れた蟻を大切にする上司の周りには、すべての蟻が寄って来た。