<早い安いより大事なこと> 中日新聞春より新企画:メディカルトーク
米国で働いていたころ、妻が深夜の緊急出産で入院したことがある。その際、翌朝一番で病室へ来たのは医療職ではなく、支払い能力があるかを確認しに来た病院の事務員だった。
帰宅後に早速届いた請求書の額面は、日本での費用と大差はなかったので、すぐ支払ったのだが、その後しばらくは請求書が届き続けた。病院の次は麻酔医。その次は看護師。そして主治医。すべて別々の請求で、総額は日本のおよそ五倍に上った。日本の総額は米国の医師一人分の技術費とほぼ等しかったのである。
帰国から何年もたった後、大学病院で難手術を受けた。主治医チームの技と接遇に感動し、退院後初の再診の際に心を込めて謝意を伝えたが、この時に請求された再診料はコイン二枚。これは米国だと、レストランでのチップより安い。
大学を離れて開業してみて感じたのは、診療から投薬まで短時間で済ませるコンビニ型医院の多さだ。単純作業で給与も良く、若い医師に人気だそう。こだわりの専門店が次々と消え、同じような大型店ばかり並ぶ。それと同じようなことが医療現場で起きている。
人工知能が進化すると頭を使う仕事は消えるという。医師が残るとしたら、何かに頼りたいという患者の心情にいかに反応できるかどうかだ。「早くて安くてうまい」は日本の文化なのかもしれないが、私はスローフードを貫くつもりだ。