「必要とされ還暦で開業」 2021.8.10.中日新聞・Dr'sサロン
昨年、定年前に大学病院を退職したら周囲に驚かれた。語れない理由も多々、と想像するのは医療ドラマが好きな人だろう。当たらずも遠からずだが、還暦に近づいたというのが大きな理由だった。
還暦は、六十通りある十二支と十干の組み合わせが巡り、生まれた時と同じ暦に還ることだ。研修医のころは「じきにお迎えが来る年齢」と考えていたが、ついに自分もその年齢になってしまった。
開業の跡を継ぐと期待していた両親を悲しませ、好きな研究を長く続けてきた。「五十歳を過ぎると、開業したくても銀行の融資は受けられず、体力もなくなる」。仲間たちは先輩にそう言われ、四十代のうちに次々と開業した。還暦直前の私には開業の選択肢はなく、退職後は診療所に勤めた。ただ、しばらくしたら診療所が規模縮小の方針を打ち出した。身の振り方を考えていたところ、診療所の代表から「援助するから、うちの睡眠医療分野を継承しないか」と驚くような誘いを受けた。
男性の平均寿命は昔と比べて大きく延び、銀行の融資状況は大きく変わった。加齢による体力の衰えは努力次第で取り戻せる。幸い、経験は積んできた。何より気持ちを動かすのは、周囲の「必要としている」の一言。還暦からの起業は挑戦だが、必ず誰かの励みになる。そう信じて踏み出した最後の一歩。今は喜びに満ちている。