「町内会って必要?」(第1話:町内会消滅の危機)
地域に家を建てたのは40代、子どもたちが「自分の部屋がほしい」と言い始めた頃のことだ。我が組には12戸あり、組長は12年に一度回ってくる。転居早々に順番が来てしまい、子どもたちが独立するまでに2回務めたが、大学勤務で多忙を極めていたため、すべて家内に任せきりだった。
開業して丸5年。診察が終わると同時に家内が事務作業を始めるので、私が先に帰宅して夕食を準備する。不思議に思うかもしれないが、この5年間、外食以外の夕飯はすべて私が作っている。診療は大好きだが、数字が大の苦手で、夜遅くまで家内に働かせた結果、彼女は概日睡眠覚醒リズム障害になってしまった。睡眠専門医の夫を持つのも、なかなか因果なものである。
2年前、また組長の番が回ってきた。よし、今度は私がやろう。隣の素敵なKさんから申し送りを受け、回覧板を回し始めた。雑談の機会ができたことで、Kさんのお宅ではお婆ちゃんのポジションにKさんが就き、お子さまが世帯主になっていることを知った。ふと気づく。12戸のうち、顔を知っていて、社交辞令以外の会話をしたことのある家が、いったい何軒あるだろうか。
組長を終える3月頃、次の順番の隣家は転居して久しく空き家状態。さらにその隣もご高齢で実質不在。三つ隣の方に交代のお願いに伺うと、老夫婦二人で足腰も悪く、辞退したいとのことだった。
この問題を町内会に持ち帰ると、「体調とはいえ、隣まで回覧板を届けるだけだからもう一度お願いしては」という意見と、「三つ飛ばして四つ先の方に」という意見が出た。職業柄、体調の悪い方に無理を押しつけることは私にはできない。四つ先の方のチャイムを、数十年来初めて鳴らした。先方も当然びっくり顔。4年も先のことが突然降りかかってきたのだから、笑顔でいられるはずもない。
さあ、どうする?
台湾にルーツを持つ私からすると、そもそもなぜ日本にだけこんな制度があるのか、不思議でならない。数十年住んでいて、隣の方が転居されてもどこへ行ったかすらわからない。台湾の祖母の家へ行った際、バスを降りただけで街の人たちが「誰々の孫が来た」と声をかけてくれたことを、ふと思い出した。
「町内会はいつから?」と検索してみた。
「1940(昭和15)年9月、内務省訓令『部落会町内会等整備要領』により、村に部落会、町に町内会をつくり、その下に隣組を置くことが決定しました。」
へえ、国が関与する制度だったのか。ところがウィキペディアによると、全国で「町内会」という名称を使っているのは全体の約25%、最多は「自治会」の約43%だという。つまり、いわゆる「町内会」は全国の2割程度にすぎない。しかも年々会員は減少傾向にある。
そもそも町内会の最大の役割は緊急時の情報共有のはずだ。なのに20数年住んでいて、顔も知らない住民ばかり。全員がスマホを持つ時代に、町内会って本当に必要なのだろうか。
この地域で生まれ育ったKさんに相談した。今の時代、高齢者もかわいい孫と連絡を取るためにLINEを使いこなし、外出できなくてもネットで買い物をしている。回覧板を回すことが組長の主な役割ならば、それを電子化すれば、ご高齢の方でも在宅で組長が務められるのではないか、そう提案したところ、Kさんは「まだ電子化が難しい方もいるのでは」と少し不安そうだった。
そこで私はこう考えた。無理に高齢の方に押しつけるか、4年先の方に飛ばすか、悩むより、以下の手紙を全員に回覧して意見を聞いてみよう。一人でも反対があれば旧来のやり方に戻せばいい、それで解決する、と。
以下が、私が組に回した手紙である。
○町内会○組の皆さま
謹啓 春風の候、皆さまにはますますご健勝のことと存じます。
2025年4月より○町内会○組の組長を務めてまいりましたが、いよいよ4月で交代の時期を迎えます。本日は皆さまにご相談がございまして、以下をご一読いただけますと幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。
謹白
<ご相談のきっかけ>
これまでの慣例により、組長は毎年右隣へ交代してまいりましたが、近年は拙宅の右隣○軒が不在のため、本来の順番では○軒隣の○様にお願いすることになります。先日、春の交代と総会出席についてお伝えに伺ったところ、体調を理由にご辞退のご意向をいただきました。
この件を町内会にご相談したところ、「組長の主な業務は4月の会費回収と資料のポスティングであるため、改めて○様にご理解をお願いしてはどうか」とのご提案をいただきました。また「飛ばして○様にお願いしてはどうか」とのご意見を、さらに○様からも「やむを得ない場合はご協力いただける」とのご理解をいただきました。
二つのご意見を前に判断がつかず、一私案を加えた上で、皆さまのご意見を伺えれば幸いと存じます。
<町内会の意義と現状>
原点に立ち返り「町内会とは何か」を調べてみました。ウィキペディアによると、町内会は1937年頃に組織され、公衆衛生・防犯・交通安全・清掃など地域生活の改善に寄与してきた一方、核家族化や共働きの増加により担い手不足や高齢化が進み、活動が困難になっているとあります。また、防犯灯・ごみ集積所・公園などの公共施設を任意加入の団体が管理することで、非加入者の便益享受や住民間の不公平感が生じるという問題も指摘されています。町内会への加入はあくまで任意であり、過去にはトラブルが裁判に発展した例もあることから、○様のご意向を無理にお断りすることは難しいと感じております。
<ご提案>
全国で町内会・自治会が約3割減少し、今なお減少傾向が続いています。本組においても世代交代と高齢化が進む中、今一度皆さまで町内会の意義を考える機会にしていただければと思います。
今すぐ町内会をなくしましょう、という話ではありません。ただ、デジタルの時代に制度が追いついていない現状は、少しもったいないと感じています。具体的には、回覧板を電子化することで、会長から届く資料をPDF化してメールグループやLINEグループで共有すれば、より迅速な情報伝達、緊急時の連絡網の整備、そして意見交換のしやすい環境が生まれるのではないかと考えます。次の世代のためにも、検討する価値はあるのではないでしょうか。
つきましては、以下のアンケートにご回答いただけますでしょうか。なお、全員一致でご賛成いただけた場合、初年度の電子プラットフォームを整備するため、拙宅が再度1年間組長を務めさせていただきます。メールでもLINEでも、どなたでも回覧の作成・共有ができるよう、わかりやすい説明書を作成いたします。ただし、お一人でもご不便な方がいらっしゃる場合は、これまでの方法に戻り、○様のご厚意に甘えることとなります。
ご協力のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
人生で、回覧板が戻ってくるのをこれほどドキドキしながら待ったことがあっただろうか。全員一致など、まずありえない、でも、もしそうなれば、それは紛れもない民意だ。私が組長としてこれ以上悩む必要もなくなる。
その結果は……次回のブログにて、乞うご期待。
