裏切らない愛
医師になって2年目、25歳のとき、彼女は10歳でした。地方の開業医から「危険だからすぐ大学病院へ行きなさい」と言われ、母親と受診しました。教授外来で「すぐ入院、翌日緊急手術」と告げられ、母親は仕方なく本人を残して一度帰宅して準備をしました。
外来が終わりベッドに向かうと、小さな女の子は布団の中で泣きじゃくっていました。声をかけても何も答えず、ただ涙を流しているだけです。売店で絵本とぬいぐるみを買って渡し、その夜は彼女が寝付くまで何度も病室を訪ねました。翌朝、母親が来ると元気を取り戻し、手術室に入る直前までまるで自分の兄のように私の腕にしがみついていました。
手術は無事成功し、入院中は毎日看護師に「中山ちぇんちぇいどこ?」と私を探し回っていました。退院後も病院に来て帰りたがらず、彼女とその兄弟を連れて休日に東山動物園へ行ったことを鮮明に覚えています。
人懐っこい一方で、学習や理解に難があるのではと心配しました。中学を出て工場に勤めたと聞き、すぐに同じ工場の人と付き合い始め、間もなく結婚式を挙げると知らせが届きました。「本当に大丈夫?」と心配しつつ出席すると、無垢なふたりがとても眩しく映りました。日々の業務に追われ、医師としての進路にため息をついていた自分には、彼らの純真さが羨ましかったのです。
私は長年大学に勤め、5年前に名駅前で開業しました。今は65歳、彼女は50歳になり、いまでも年に一度定期診察をしています。この40年間、彼女は欠かさず2月になると私にチョコレートを贈ってくれます。毎年、私の名前「明峰」の「峰」の字を書くのに苦労しているのが見えて、つい微笑んでしまいます。
昨年、父親は母親の元に戻りました。ふと気づくと、彼女は私を慕う現役ファンとして、最長年数の保持者になっていました。医師としての仕事を全うし、子どもたちも巣立ち、かつて賑やかだった家は静かになり、一人で過ごす時間が増えました。幸せな人生をいただいたと実感する一方で、元気なうちに両親に素直になれなかった自分に対する後悔が戻ってくるように感じます。
愛情は難しい。深いからこそ生まれる誤解もあり、失って初めてわかることもあります。毎年同じ時期に同じサイズのチョコが届く小さな出来事ですが、これほど重く受け取ったことはありません。
