コンプライアンスで消されるひと
コンプライアンスという言葉に関して、私はなんとなく自分はマナーが良い方だと思っていました。しかし、先日学会である先生に「うちの女の子たちを紹介します」と親しみを込めてスタッフを紹介したところ、「それはセクハラだぞ!」と怒られました。確かに「男の子」とは紹介しないため、今の時代に「女の子」と言うだけで性差別になるそうです。親しみを込めた表現が犯罪扱いされる悲しい時代、とは言え変化に順応しなければならないと感じています。私はもう教育界にいない人間なのでいいのですが、現役の彼はそれで首が飛ぶ不安にかられて日々言葉を選んでいるでしょうね。
40年間、耳鼻咽喉科医にとって誰もが知る医学雑誌「JOHNS」があります。この雑誌は専門家が難解な情報を分かりやすく執筆し、特に若手医師や開業医がクリニックに置く辞書代わりの一冊として重宝されています。私はこの雑誌に育てられ、いつの間にか執筆する側になりました。毎月偉いひとによって決められたテーマが全国の医学教員に振り分けられます。
最近、「JOHNS」名物編集長の佐原実さんから名古屋で会いたいとの連絡があり、元上司の村上名誉教授を交えた食事会を開きました。そこで聞いたのは、会社が世代交代し、30代の社長が就任した途端、コンプライアンスという言葉が社内に飛び交い、数ヶ月で社員の半数以上が辞職したということです。「それでは会社が回らないじゃないか」と聞くと、「いや、SNSで応募すれば簡単に人が集まる」と社長は考えているようです。
佐原編集長が名物とされる理由は、まめに大学に出かけ、教授たちから良いアイディアを引き出し、執筆が遅れている先生には機嫌を取って原稿を催促するなど、時には自腹を切って食事をすることもあったからです。しかし、新しい体制が佐原さんの大切にしていた人とのつながりを「コンプライアンス違反」と見なすようになり、さすがの佐原さんでも耐えきれず定年前退職を決意したそうです。
それから全国の先生方に挨拶回りの旅をしながら、趣味と実益を兼ねてオリジナル万年筆の販売を行い、利き酒士として楽しい老後を送る予定とのこと。中部ではどうしても中山に会いたいと途中下車し、手塩にかけた万年筆を一本プレゼントしていただきました。
さらに、彼の人生の記憶に残る大切なお話を聞かせて頂きました。2年前にJOHNSが「個性あるクリニック」を特集した際、取材を頂いた写真から明るく楽しい雰囲気が伝わり、特に当院のスタッフたちの笑顔が素晴らしいことに大変驚いたそうです。特別に雑誌の表紙に使用しても良いかと聞かれ、JOHNS誌歴史上初めてクリニックスタッフが表紙を飾りました。
定年前に職場を退職するのは並ならぬ事情がつきもの、特に白い巨塔を知り尽くした佐原さんは私を案じ、それがこんなにスタッフの表情が伝わるクリニックで働いているのに驚き、安堵されたとのこと。
「私は患者に喜んでもらう前にスタッフたちに喜んでもらえるクリニックを作りたい、スタッフに笑顔がなければ患者に良いホスピタリティを提供できないからです」と話しました。世間は職員不足と伺いますが、近年当院は家族のように職員が増えても減ることはなくなりました。
佐原さんはわざわざ名古屋に来られたのは雑誌表紙に採択して下さった理由を聞かせたいと知り、目に涙が溜まりました。会話は一瞬途切れましたが、「コンプライアンスとは、空気が読めない人間が振りかざす道具だから、退職して良かったじゃないですか?」と笑いを交えながら、千鳥足の佐原さんを新幹線口まで見送りました。
改札口に入る手前で彼が一言、「たぶんJOHNSは廃刊になる・・・」
