<最後にラザニ屋>
馬が産み落とされる画像を一度は見たことがあると思う。地面に落ちた瞬間、折れそうな細い脚で立ち上がり、その日のうちに歩き出す。それに比べると人間って時間がかかるな、産み落としてから手放すのに何十年もかかると、父親に言われたことがあった。
この駅に来る日が遠ざかる最後の時、このラザニア専門店に入ろうと思っていた。紆余曲折、長かったが、これでなんとか肩の荷が下りそうだ。この街にも慣れ、趣味のスーパー回りで集めたカード、全部のスーパーに回ってポイントを使い切って、最後にとっておいたラザニア専門店でランチ。このシェフすごい、イタリアンでもなく、パスタ屋でもなく、日本でそれほど馴染みのないラザニア1品だけで勝負している。好きだな、こういうひと、それにしても絶品。ひと口ごとに味が変わり、ひと皿にフルコースが入っていた。来ている人たちはなぜか熟年者が多い。この年になると、どうでもいい山盛りよりも、一口で感動がほしいのだろうな。
バブル時代を経てひとつだけいいことがあった。ちょっとやそっとのことには惑わされなくなった。バブル以上に盛り上げたく頑張る同級生もいれば、魂が抜けているやつもいる。自分は?一品で勝負したい、お前らがまだまだ追いつきそうにもないから。