院長ブログ

苦いコーヒー

公開日:
監修:めいほう睡眠めまいクリニック院長 中山明峰

 ポジティブな人間だから、歳をとっていいことって何かを考える。最大に良かったと思うことは、「痛むことでやっとひとの痛みがわかる一人前の医師になれた」と思うこと。医者始めるのは今からじゃん!と気づいたこと。また、不味いとさえ思った「コーヒー」、年々美味しく感じる自分が変だよ、と苦笑いすること。
 毎月中日新聞ドクターズサロンでコラムを書かせて頂いている。ほぼ同じ頃に大学を退職し、会社を立ち上げた親友がいる。彼は恐らく家族よりも私よりも早起きで、朝一番の仕事は新聞を読むことから始めると想像できる。私の記事が掲載されると、朝6時台にはLINEで読んだ感想と記事の写メをくれる。今週火曜日の朝、「いよいよあなたは宇宙まで行ってしまったか、笑」の一言が添えてあった。宇宙生物科学会で講演する内容を載せたコラムであった。「またランチしよう」、と返信を返した。まさかその翌日に彼が亡くなるとは・・・。
 表に出ずにいつも裏方で大学、家族、友人たちを支えて、笑顔を絶やしたことがない、こんなひとが面白い会社を始めたと、馴染みの中日新聞記者と打ち合わせをする時に彼を紹介した。デジタル時代の若手だが、心がアナログで信頼できる記者は、早速彼のことを記事にした。3か月前の中日新聞に大きく載った。
 葬儀は家族のみと書いてあったのに、ご長男から直接電話を頂き、出かけた。家族葬と記されているのに、様子だけでもみて外から弔うつもりで来られた人たちで会場が溢れかえった。新聞に載った写真が使われたと葬儀で紹介された。彼の訃報は、家族から是非その写真を慰霊に使いたいと、記者から話を聞いた。当時、裏方で社会を支えるのが自分に似合っていると言っていた彼を表に出していいのかと戸惑いながら、自分の会社を起こすのだから、社会に知らせるべきだよと、口説いた。この記事に彼も、ご家族も喜んだ姿が見え、いい贈り物をしたと少し安堵した。直後いい仕事をなされ、ありがとうと、コロナ濃厚感染者となって来られなかった記者を労うメールを出した。
 なぜか最後の顔をみるまで悲しみを感じなかった。心の中で「飯の約束したのに」と、彼を恨みたい感情にすり替えていたからだ。会場を出る際、いつも大学の職場で明るい女の子が駆け寄ってきて、ご無沙汰ですと声をかけてくれた際、思わず彼女に「彼がいなかったら今日の私はいなかったよ」と、自分でも心のどこに閉まっていたかわからなかった言葉が出てしまった。途端に笑顔だった彼女の目から大粒の涙が出て、「私も・・・」と答えた。
彼が大学の裏方で、天才的なプランナーであったことを多くの人たちは知っている。一方、裏方だからこそ抱える悩みもあり、彼がいたからこそ表に立てる人たちがいる、彼を踏み台にした人さえいることは、親友としてよく話を聞いていた。葬儀まで頑張って来たが、彼の顔がみられずに場所を離れた権力者に、会場の多くの人たちに思うことがあっただろう。
 彼は汚いひとか、立派なひとか、判断するのは神さましかいない。一度表舞台を立つと、裏方を汚れ役とレッテルを貼たくなる、こんなことは戦国時代から続いている話だから大人として驚きもしない。醜くても権力に執着することは、失った際不安しか残らない怖さがあるからだろう。残された人生は怯える時間で代償を払って下さい。
 今朝は彼から貰った最後のコーヒーをエスプレッソ状態に入れて、最高の苦みを楽しんだ。あなたは多くの人たちの心に残る立派なひとだよ、あなたのようになりたい、口の苦みを感じながら祈った。


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