令和8年度日本医師会生涯教育講座:忖度しない睡眠医療―表裏の話―
近年、製薬会社がスポンサーとなる講演会では、スライドの事前検閲や発言への制限が設けられることがあります。本日は医師会・内科医会が主体となった会とうかがい、「それならば忖度なしに話せる」と思い、登壇を即決いたしました。この機会をくださった関係者の皆さまに、深く感謝申し上げます。普段の講演ではなかなか語れない睡眠医療の「本音」をお伝えしますので、どうぞ最後までおつき合いください。ベンゾジアゼピン系薬剤——知らないでは済まない現実
不眠の治療薬として長年使われてきたベンゾジアゼピン系薬剤。実はWHOの評価では、依存性・有害性においてアルコールやタバコと同等とされています。作用機序はGABA受容体を介して脳全体の意識を広範囲に落とすもので、本来の自然な睡眠とは根本的に異なります。使い続けると約3ヶ月で耐性ができ、やめようとするとかえって重篤な不眠が現れる、という悪循環に陥ります。
2017年の裁判で患者側が勝訴したことを機に、2018年以降は不眠への長期使用や多剤投与が保険上認められなくなりました。にもかかわらず、「肩こりにデパス」のような昭和的な処方習慣が今も続いている現場があります。薬害被害者団体がSNSで過剰処方医師を特定・批判する時代です。薬物の利益とリスクに対する丁寧な説明責任が、医師を法的リスクから守る唯一の手段です。
オレキシン拮抗薬——日本が世界をリードする新世代の睡眠薬
代替薬として注目されるのがオレキシン拮抗薬です。オレキシンは覚醒を維持するホルモンで、その発見者は柳沢正史先生。現在日本には4種類のオレキシン拮抗薬が揃っており、全種類が市販されているのは世界で唯一です。作用部位が視床下部に限定されるため大脳皮質への影響はなく、依存性が低く認知機能への悪影響も少ない点が、ベンゾジアゼピン系との大きな違いです。
各薬剤の特徴を簡単にまとめると:ベルソムラは価格が安価で中途覚醒に有効、デエビゴは入眠効果と安全性データが充実した現時点での「王道」、そしてボルジーは主作用と副作用のバランスを追求した最新薬として今後に期待が持てます。
問題はクービビックです。販売当初から新聞を騒がせた事案があり、出足から暗雲が立ち込めていました。副作用軽減を目指した設計のためか主作用も弱く、睡眠専門医の間ではほとんど話題に上りません。その背景には精神科を中心とした販売戦略があり、向精神薬との併用で使われているケースが多い可能性があります。当院には情報提供がなく、睡眠専門医仲間も同様です。処方の実態が見えにくい構造になっていること自体、睡眠医療の観点からは看過できない問題だと感じています。
CPAPは万能ではない
睡眠時無呼吸症の治療といえばCPAPですが、無呼吸の原因は気道狭窄だけではありません。呼吸中枢の不安定性、心不全、覚醒閾値の変化などが原因の場合、CPAPは無効どころか状態を悪化させることもあります。特に高齢者の病態は複雑であるので要注意。保険算定には「1日4時間以上、使用率7割」が目安とされており、使えていない患者さんへの漫然とした継続処方は、医師にとっても患者にとってもリスクです。
朝起きられない子どもたち
「起立性調整障害」と診断されて昇圧剤を処方されている子どもの多くは、実は深夜まで起きていることによる睡眠リズムの乱れが本質的な原因です。三重県桑名市では全児童を対象とした睡眠教育が始まっており、その効果に期待が集まっています。子どもたちは私たちの未来です。正しい睡眠知識を広める「睡眠育成士」の育成もクラウドファンディングで進行中ですので、ぜひ応援よろしくお願いいたします。
最後に
眠りは人生の3分の1を占めます。この3分の1をないがしろにしたまま、残りの3分の2を豊かに生きることはできません。睡眠について、社会全体で考え直す時が来ています。
