院長ブログ

睡眠薬のビジネストーク・オレキシン拮抗薬

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監修:めいほう睡眠めまいクリニック院長 中山明峰

医師になって最初の当直で処方した薬は睡眠薬でした。当時は退院した患者が残した薬の余りがナースセンターの瓶にあり、まずそれを患者に渡し、翌朝に薬剤部から処方したものをその瓶に戻すというシステムでした。振り返ってみると、それらは精神安定剤であり、現在では依存性や有害性が重視され、取り扱いが厳しくなりました。
脳の機能を低下させ、あたかも眠った状態を作る向精神薬は、一般的な不眠症初診に投与するのはもはやナンセンスな時代となり、今では睡眠薬とは呼べなくなっています。認知機能を低下させないように設計されたメラトニン製剤は、2010年になってようやく登場しました。実際に「睡眠薬」と呼ぶことが許される薬は、たった15年の歴史しかありません。
4年後には、覚醒ホルモンを抑える画期的なオレキシン拮抗薬・ベルソムラ®が登場し、現在までに4剤が発売されています。覚醒ホルモンを抑えることには、副作用として午前中のぼんやり感や悪夢などが伴うため、それを補うために2020年にデエビゴ®が登場し、現在では人気の薬となりました。海外のマーケティング調査にも協力しているため、オレキシン拮抗薬のさらなる発売が期待されていますが、それらの新薬がどのようなセールスポイントを持つのか、疑問を感じつつ、デエビゴ®を越える睡眠薬とはなにか、発売が楽しみでした。
2024年12月、3剤目のオレキシン拮抗薬・クービビック®が市場に登場しました。しかし、不思議なことがいくつかありました。通常、新発売の前には睡眠専門家に情報が届き、マーケティング調査が行われるはずですが、全く情報が届かず、最初に決まった製薬会社が降りるという知らせに驚かされました。新薬の発売に際しては、社内でのマーケティング作戦やMRの教育に一定の時間とエネルギーが必要なはずで、引き受けた会社準備大丈夫だろうかと心配しました。周囲の睡眠専門家に尋ねても、何の情報も得られませんでした。
発売が近づくにつれ、担当者が慌てて説明会を開いてくれましたが、MRたちの準備不足が目立ちました。さらに驚くべき事件が起こり、2025年3月25日に違法行為により発売薬品会社に行政指導が行われたとのニュースが飛び込んできました。新薬の発売は製薬会社が命をかけて取り組む大イベントであり、違法行為のニュースが公表された日付から昨年時点で捜査が行われていたことを考えると、共同発売を予定していた会社が降りるのも理解できます。また、上層部が新薬の発売日に厳しい表情をしていたのも頷けます。何よりも驚いたのは、著名な音楽番組を全国に届けてきたイメージのあった会社で、どうしてこうなってしまったのかということです。
それぞれには事情があり、薬物やMRに罪はありません。この摘発が背景を正す機会と捉え、この薬の良い作用が患者に届くことを期待しています。
さて、新薬は発売から1年間、14日以上の処方ができないルールがあります。そのため、月に一度の診察で済む患者には投与できません。1年経つと日数制限が解除され、実際の薬品会社にとって、これからの発売に影響を与える重要な期間です。クービビック®は12月1日から制限がなくなる予定で、秋に担当者からのお知らせを楽しみにしていましたが、驚いたことに、そのお知らせが届いたのは昨日でした。発売規制が始まってから2週間以上遅れて訪問された理由を尋ねると、会社の方針として精神科医に向けた集中的な販売にシフトしたとのことでした。
これは非常に驚くべき戦略です。この薬が精神障害の領域に絞られるなら、一般的な睡眠薬を販売してきた多くの製薬会社には見られないアプローチです。賭けに出ましたね。現代の医療では、患者の症状に耳を傾け睡眠衛生指導を行った上で、投薬を行うことが求められています。しかし、精神的な問題を抱える患者にはこのアプローチが難しいこともあるため、精神科医には特化した戦略が必要だと感じます。
私が知る限り、精神科医は全体の医師の約5%に過ぎません。また、軽い不眠症であれば精神科医に通うことをためらう患者も多くいます。それでも敢えてその5%にターゲットを絞った製薬会社の戦略には驚かされます。このようなプロモーション戦略を実行するのは大変だったことでしょう。新薬はまだ副作用がすべて判明しているわけではありませんので、薬品会社と連携し、患者の声を情報交換することが非常に重要です。どうやらこの薬と一般医との関係は遠のきそうです。
しかし、安心してください。先月の11月27日には新しいオレキシン拮抗薬・ボルズイ®が発売される予定です。発売前から非常に積極的に情報が公開されており、今後も睡眠専門医として、一般医の先生がたに公正な情報を提供していきたいと思います。
これからの睡眠薬の市場は、専門家と一般医、そして患者のニーズに応じた進化が求められています。薬剤の効果と安全性を注視しながら、より良い治療を目指していきたいですね。


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