若手医師たちへ:開業?急がば回れ!
耳鼻科医誰もが読みあさる”JOHNS”、編集長が特集を組み、それぞれの専門家が寄稿し、若手、専門外医師、開業医を対象読者とする医療月刊誌であります。これまで執筆者側として数十と寄稿させて頂きましたが、昨年末に開業医エピソードの原稿依頼があり、丸裸の気持ちで書かせて頂きました。コロナによる医療崩壊と叫ばれるなか、違う形で被害を受けている医療者が多々います。被害受けても必ず復興できる、そう信じてやりたいことを貫く人間が一番強いと思います。特に若手医師に読んで頂けたら幸いです。
JOHNS 2022年4月号 「開業?急がば回れ!」
<開業はつまらぬ?>
開業は仕方ないから、と思っている跡継ぎ開業医も少なくないでしょう。ご多分に洩れず、私もその一人でした。私の父、中山将太郎は勉強が好きな学者肌の耳鼻科医でしたが、「馬鹿息子が私学に入ったため開業をせざるを得ない」、と周囲に愚痴をこぼしていたことが心に刺さっていました。開業は生活を支えることが第一優先で、家族のために仕方なくするものだと、長年両親の心意を誤解していました。また、開業医の診療はやり甲斐や必要とされる医療よりはむしろ保険診療に縛られる傾向があることに違和感がありました。卒業して医局に入り間もなく、「めまい」に興味を持ち、研究をしたいと父親に話すと、「患者の話は長いし、めまい診療は経済的になりたたない」、と一蹴されました。それでも意地で大学に残りましたが、恵まれたことに父親は元気で長寿、突然呼ばれてクリニックの手伝いをさせられることもなく、長年の病院勤務が今の自分を育ててくれました。ただ、今でも「めまい」は医療者に好かれる疾病ではないと思っていますが、めまい診療が後に身を助けてくれるとは想像してもいませんでした。
<勤務医の不安>
勤務を続けるとやがて定年がやって来ます。先輩たちは退職後もどこかに勤務し続けていますが、長寿の時代になり、果たして自分が引退した時に職があるのか、不安は拭えません。まして、引退後の仕事にやり甲斐を感じ続けられるか、ということに自問しました。
<コロナの影響>
大学病院でめまい外来と睡眠医療センター長を務め、学術に没頭し、教育にも身を注ぎました。国内は勿論、海外からも研究生が訪れセンターは賑わいました。しかし、昨年のコロナ禍で、病院はコロナ病棟を作るため睡眠医療センターが閉鎖されました。気づくと教室も世代交代の時期、潔く退くことを決めました。窓際で定年まで待つより、創り上げた施設を後進に渡し、人生最後の自分の物作りに励むことに興味が湧きました。
<開業に対する不安>
開業に踏み出す還暦直前最後の瞬間、健康・運営・自己満足の三者が成り立つのだろうか、という悩みが残りました。健康については、人間ドッグを受け検診でチェックできることはすべて行い、これなら80歳までは仕事できるだろうと自己暗示をかけて解決しました。運営資金の問題、高齢になってからの開業では銀行が賃借契約を結ばないと周囲に脅されましたが、すぐに事実ではないことが分かりました。それどころか、ゼロ金利という言葉があるように、コロナの影響による利息の低さに驚きました。やり甲斐については、過去にない新しい形の医療を行いたい、一見ふざけた考えのように見えますが、遊び心から湧いた研究が結果的に評価された自身の体験に基づき、決心しました。
まだ若かった頃、東京の新宿に多くの高層ビルが建ち、未来への希望を感じました。名古屋でも20年前から再開発が始まり、名古屋駅前に次々と高層ビルが建ちました。人生最後の日まで希望を持ち続けたい、大好きな「めまい」と「睡眠」の診療ができれば毎日が楽しく過ごせるはず。名古屋駅なら私を必要としてくれる患者さんが遠方でも来てくれるのではないか。さらに開設予定のリニアモーターカーに夢を載せたところ、不安は期待に代わりました。
<果たして開業は良かったのか>
開院翌日からNHK初め、多数のテレビ局、新聞社の取材を受けました。特色のある医療を行えば、マスメディアも興味を持って取材してくれ、結果的に宣伝費を軽減することができました。何よりも名古屋駅は乗り入れ路線が9本もあり、名古屋市内は勿論、県外からも、そして、遠方は九州の対馬からセントレア空港を経由して受診してくれた患者さんもあり、スタッフ全員の働く意欲が高められました。収益が安定するまでにはまだ時間を要しますが、開院6ヶ月目の時点で経営の不安は少し解消されました。
<開業を考える若手医師へ>
早く開業したいと考えている若手耳鼻咽喉科医にお聞きしたいことがあります。コロナ禍において、多くの開業医が診療や運営に苦心され、閉院を余儀なくされたクリニックもあります。このwithコロナ時代に、開業医として生き残れる手段をお持ちでしょうか。学位より専門医、研究しても意味がない、病院で高度・特殊技術を身に付けても開業では役に立たたないなど思っているのでしたら、開業の将来は厳しいと思います。私見ですが、研究を通して臨床的なリサーチマインドが養われ、特色のある高度医療技術を習得することで治療の選択肢が増え差別化も図ることができます。臨床におけるリサーチマインドと特殊技術を身に付くことで、より多くの患者さんに必要とされるオンリーワン医師になることができると思います。
「急がば回れ」、人生100年、医師80年時代、そんなに急いでどこへ行く!